出版社/著者からの内容紹介
ソルトレイク冬季五輪で惜しくもメダルには届かなかったものの、素晴らしい滑りを見せてくれたアスリート、全日本女子モーグル代表の上村愛子の初の自伝エッセイ。ヤンチャ娘だったキッズ時代、小学生時代のイジメの話、両親の離婚、モーグルとの出会い、長野五輪の率直な感想、大好きなお母さんの話、本気で引退を考えたこと、そしてソルトレイク五輪への決意など、愛子の21年間がすべて綴られている。女性エッセイ&スポーツノンフィクションとしてはもちろん、イジメ問題、親子関係に悩む人も必読の癒し系の一冊でもある。
抄録(「電子書店パピレス」より)
カナダから帰国して、モーグルスキーをやると言ったときには、お母さんはうれしそうだった。アルペンをやめてしまって以来の、久々の決断だったし、なによりも、「スキーをまたやる」というわたしの気持ちを、お母さんは素直に喜んでくれたのだった。
しかし、実のところモーグルという競技自体がどんなものなのか、お母さんはまったく知らなかった。コブをすべって、エア台でジャンプするんだよとは教えたけれど、それ以上のことは言わなかった。
アルペンのジュニアチームにいたときはコブをすべる機会がほとんどなかったため、それからは八方尾根スキー場の兎平(うさぎだいら)(最大斜度が31度の急斜面でコブだらけのコース)を一日中ひたすらすべって練習していた。コブに慣れることが大切だと思ったからだ。見よう見まねでモーグルをやりはじめて3週間が過ぎ、2月になった。そしてリレハンメルオリンピック(1994年)が始まった。
初めて見るオリンピックでのモーグル競技。その開催日に、あのマイクがいるクナイスルチームが白馬に来ていたので、彼らとペンションの居候さんたちと、みんなでテレビを見ようということになった。お母さんに、初めて生のモーグルを見てもらえる機会が訪れたというワケだ。
ペンションの入り口にあるテレビを、みんなで囲んで観戦した。競技が始まると、わたしは文字通り目を奪われた。画面に釘付けだった。お母さんも黙って見ている。いや、むしろ目を丸くしてたかな。
ワー! とか、すごい! とか、ひとりがすべるごとに歓声があがった。わたしと同様、みんながモーグルに魅了されていったのだった。
ちょうど、優勝したカナダのジャン‐リュック・ブラッサールがすべり終えたとき、さっきまで寡黙だったお母さんが、突然私のほうを向いてこう言った。
「愛ちゃん、本気でモーグルやるの? こんなん、絶対にやってほしくない。ケガする! お母さん、いやや!」
どうやら、すべりに感激して言葉を失っているのではないようだった。
ある程度のことなら、いつも大目に見てくれていたお母さんだったが、よっぽど怖かったのか、あのときは200パーセントの勢いで反対した。
それはそうだ。モーグルは、コブをすべり、エア台から飛ぶのが当たり前の競技。着地に失敗したら散々で、体をこれでもかというくらい打ちつけられる。また、スピードに乗りすぎてしまうと、コブのなかでスキーを抑えきれなくなる。そうすると、冗談みたいにグルグル回転して下まで落ちて行って、飛び跳ねて体を嫌ってくらい斜面に叩きつけられたりもする。親なら心配もするか……。
でもそれは失敗したらであって、そうならないようにがんばればいいんだし。まぁそんなことを言っても、なぐさめにもならないのはわかっていたけど。
とりあえず、わたしはそのときの正直な気持ちをお母さんに伝えた。たしか、こういう言葉だったと思う。
「お母さん、今のジャン‐リュックのすべりを見て、愛子がどう思ったかわかる? 愛子だったら、どのコースを選ぶだろうって考えてた。あのコースを見て、すべりたいってワクワクした」
リレハンメルオリンピックのモーグルコースは3つあり、選手たちは自分の好きなラインを選んですべっていた。そしてわたしは、自分だったらどのコースをどうすべるかということなどを考えて、本当に楽しくてしようがなかったのだ。自分とジャン‐リュックを重ね合わせて、どんなすべりができるか考えて、興奮していた。転倒シーンを見ても、怖いとは思わなかった。
そのときのわたしにとって、モーグルスキーという競技は「楽しい未来」という位置づけたった。自分でも、目がきらきらしてたと思うな。
以来、もうお母さんは「やめて」なんて言わなくなった。
今でも心のなかでは死ぬほど心配しているのだろうけど、ケガをするたびに、その3文字を言いたくなるのだろうけど、「がんばりなさい」って励ましてくれるようになった。
著者について
上村 愛子(うえむら あいこ)
1979年12月9日、兵庫県生まれ。2歳のときに長野へ引っ越し、その後スキーを始める。中学2年の冬休みにカナダ・ウィスラーを訪れ、モーグルスキーに出会う。中学3年でナショナルチーム入り。ワールドカップ初出場のマイリンゲン大会(96年スイス)でいきなり3位入賞。98年長野オリンピック前から放映されたIBMのCMで大ブレイク。長野五輪以後大きく成長を遂げ、2000〜2001ワールドカップでは総合2位に。北野建設所属。
上村愛子公式ホームページ http://www.blackvang.com
初めに、愛子からみなさまへ
プロローグ
愛子には見えるよ。ちょっとだけ先の未来が――
第1章 愛子キッズ
愛子、兵庫県に生まれる
長野に引っ越すキッカケ
初めてのスキー
けっこうオテンバだった子供時代
いじめ、そしてお母さんの言葉
初恋
第2章 モーグル人生・第一幕
初ひとり旅、そしてモーグルとの出会い
モーグルを始めるという愛子にお母さんは――
ナショナルチームに入るまで
両親の離婚
ワールドカップ初出場・初入賞
お母さんとわたしのコマーシャルデビュー
長野オリンピック出場決定
愛子の長野オリンピック体験記
多英さんの全メダル
第3章 アイドルからエースへ
ターニングポイント
高校生から社会人へ
高校時代・思い出のワンショット
すべりが変わった!
コンセントレーション
初の日本大会での表彰台
立ち止まってしまった2000年、夏
新たに芽生えた自信
みんなの応援への恩返しは――
第4章 愛子の好きなもの
買い物もカラオケもだ〜い好き
こう見えても、けっこう本読むんです
中田好き
永遠の女友だち
ヘアスタイル自由自在
お母さんと行った
初の海外スキー・スイス旅行
近い将来の夢
第5章 いざ、ソルトレイクへ
ライバルは誰?
愛子は練習嫌い
わたしのコーチ、スティーブ
2001年春、ウィスラー日記
初めての南米・チリ合宿
金色の未来へ
お母さんから愛ちゃんへ
みんなに感謝!
著者紹介