出版社/著者からの内容紹介
ゴルフは、自己評価した本来の実力と現実のスコアとの間のギャップが非常に大きいスポーツ。「メンタルミス」「ドライバーが林の中に曲がった」「ショートパットを外した」なんて悔しい思いをしたことがあるのでは!? 大好評シリーズ第3弾は、メンタルミスに悩む人、ドライバーとパターをまっすぐにと願う人に捧げるマニュアル! 画期的なグリップの握り方と、メンタルトレーニングを中心にていねいに解説。これで本来の自分の実力に現実のスコアを接近させましょう。
抄録(「電子書店パピレス」より)
ゴルフの格言には、「ゴルフは、両耳の間でプレーせよ」という格言があります。
つまり「脳みそを使え」ということであり、これは本書の「練習しないで」の趣旨と完全に合致します。本書は論理的根拠のある理由によってゴルフプレーの本質を探求するものだからです。
ところが、これに反対の立場の格言もあります。
「ゴルフとは、練習あるのみ」という格言です。
これは、「頭で考えるよりも体で覚えよ」という趣旨です。しかし、本書の立場は、同一の成果を少ない練習時間で達成するものですから、本書の読者の一般アマゴルファーには、たとえこれが真実であっても実行できない格言です。
さて、「両耳の間でプレーせよ」格言の次に、別な格言として「ゴルフは蛙の脳みそでプレーせよ」というものがあります。
これは考えることを否定しているものであり、両耳格言と一見正反対です。蛙格言に類する教えは、ゴルフ以外のスポーツでは、もっと強調されているように思います。
筆者は両耳格言を信奉していますが、一方、蛙の脳みそでプレーせよという格言もまた真実であると、経験的に信じています。確実な論理的根拠は存在しませんが、この格言を真実と仮定してゴルフのマインドコントロール手法を組み立てたところ、結果が非常によかったという事実から、この格言は帰納的に真実だと断定しました。
実は、この蛙格言をはからずも壮絶な実験によって検証したゴルファーがいます。
一九七一年に、イアン・コルストンというカナダ人が二十四時間で四百一ホールを回るという世界記録(それまでは三百七十七ホール)を樹立しました。彼は二十四時間打ち続けた結果、「疲れ切って、何も考えられなくなったら、ショットの内容が急によくなった」ことに気付きました。
さて、このゴルファーは、たぶん、プロ並みに練習量の多い人で、「練習あるのみ」格言の実行者でもあったと思います。さもなくば、このような無謀な挑戦をしなかったはずです。前記世界記録は、蛙格言と練習格言のコンビで達成されたものなのです。
さて、「練習」格言を実行した人は、体が無意識に反応します。テニスプレイヤーや野球のバッターなどは、飛んで来るボールに対して瞬間的に反応し、そのボールをどのように打つべきかを瞬時に決めてプレーします。頭で判断する時間がないのです。ですから、体が条件反射的に勝手に反応するまで猛練習しておけば、プレーするときは頭を空っぽにしても、体が頭の代わりに判断してファインプレーするという蛙格言の実現となります。したがって、これらのスポーツでは「練習あるのみ」格言と「蛙格言」が両立し、両耳格言は敬遠されます。
ところが、ゴルフでは、瞬間的な判断ではなく、プレーの前に約一〜二分程度の作戦タイムがあります。しかも、作戦を立ててからの条件変化は、風の変化以外に何もありません。すなわち、体の条件反射的反応でプレー方針を決める必要がまったくないのです。ゴルフでは、両耳格言が占める役割がほかのスポーツよりも非常に大きい理由がこの点にあります。
「両耳」格言と「蛙」格言の両立は、このように両格言を実行する時間がずれているから可能です。プレーの直前には両耳格言でスイングプランを慎重に決定して、実際にスイングするときは蛙格言を実行するのです。故に、この正反対の格言を実行するには、必然的に二重人格手法が採用されます。ボールを打つ約十五秒前に、物語に出てくるジキル博士とハイド氏のように、別の人格に入れ代わるのです。
すなわち、思慮深いジキル博士が、グリーンまでの距離、ボールのライ、ピンの位置、風その他の条件及び自分の技量を考慮に入れて、過去の類似場面でのミス、ファインプレーをすべて思い出し、想定されるミスを回避するための最適のスイングプランを決定します。両耳格言の実行です。
著者について
ローハン・O・シェーマ
プロとは格段に性能の悪いアマのスイングロボットをだましだまし使って、よいスコアを出すのが「アマがシングルになる新しい道」であるという考えに基づき、多くのオンボロロボットをシングルにした実績の持ち主。