出版社/著者からの内容紹介
江戸時代の宮本武蔵、平手造酒から、昭和の木村政彦、塩田剛三、八田一朗まで、剣術・柔道・柔術・空手・合気道・相撲・レスリングなどの強豪たちのエピソード集。ストリートファイト/異種格闘技満載、おもしろコラム16個つきの格闘技ファン必読本。
抄録(「電子書店パピレス」より)
「小よく大を制す」 塩田剛三
今は亡き、アメリカ合衆国司法長官ロバート・ケネディの著書『世界訪問旅行』の中に、次のようなくだりがある。
「――私が朝六時に合気道の道場を訪問した際、私のボディーガードがそこの小柄な先生に立ち向かったところ、まるで蜘蛛がピンで張りつけられたように、苦もなくとり抑えられた。その後でボディーガードは、“今朝、食事をして来なかったもので”と言ってはいたが、しかし、もし朝食をとって来たら勝てるとは、言っていなかった」
いうまでもなく、一人称の「私」はケネディである。正確には、昭和三十七年(一九六二)二月十日。ケネディ夫妻が訪問した「合気道の道場」とは、養神館であった。迎えに出た「小柄な先生」は同館の塩田剛三館長。このおりの経緯(いきさつ)を以前、直接、館長本人に尋ねたことがあった。
「――ケネディ司法長官のボディーガードは、ゆうに一九〇センチはあろうかという大男でしたね。その大男が丸太のように太い腕で、それこそ力一杯、グイグイ押してくる。それもいきなりです。そこで私は、男の押してくる手をヒョイとひねった。するとこれがまた、実にうまく決まりましてね。男は私の前にうつむいたまま、ペシャンと両足を伸ばして、ひれ伏してしまいましたなあ」
館長は特徴のある――まるでいたずら小僧のような――笑いをもらした。
身長わずかに一五四・五センチ。体重は四五キロ足らず。実際に目(ま)のあたりにすると、本当に小さい。
それでいて塩田館長は、合気道開祖・植芝盛平の数多い門人のうち、その実力は最高峰の一人、と折り紙をつけられたほどの武道家である。
著者について
加来 耕三(かく こうぞう)
1958年大阪生まれ。奈良大学文学部史学科卒。同大研究員を経て、歴史家・作家として著作活動に入る。「歴史研究」編集員。著書に「魅力あるリーダーとは」「織田信長」「細川家の叡智」「人物 諸葛孔明」「武道初心集」(現代語訳)「武功夜話」(現代語訳)他多数。